Global Gender ジャーナル

僕は、フランスフェミニズム哲学専門としています。 世界中のジェンダー、人種、政治問題をお届けいたします。

海外から見た捕鯨問題 - Why is Japan killing whales? -

1)賢さ及び可愛さからの捕鯨反対は優勢主義的

2)人間は地球警察??? 地球は人間の博物館???

3)感想

 

7月2日アル・ジャジーラで日本の捕鯨問題について取り上げられました。

 

(注意:血液などが苦手な方は気をつけてください) 


Why is Japan killing whales? | Inside Story

 

ビデオの内容としては、

 

食文化が滅びてもなお続ける日本

ー それには海岸沿いの町が捕鯨産業で潤っている

ー 日本の言う、捕鯨で得られる科学的アチーブメントは無い

対してアイスランドは、捕鯨文化(縮小している)を通して持続可能な文化への理解を高めている

ー 日本の捕鯨文化ではなく政治

 

最初に私の意見を、述べたいと思います。

 

食べたかったら食べてもいいと思うが、資本を無駄に回してお金遊びをするくらいなら鯨に死ぬまで泳がせてあげても悪くないのでは?

 

それではまず、ロジックを紐解いていきたいとおもいます。

 

1. 賢さ及び可愛さからの捕鯨反対は優勢主義的

 

YouTubeのコメント欄にも多く寄せられたコメントとして、可愛い、賢いのに殺すのは良くない、というものです。

 

まずそもそも、賢さの概念が曖昧なのに、何をもって賢いと定義するかがあまりに恣意的です。

 

ー 例えば、人によっては覚えるのは凄く得意だけど言語化して話すのが苦手

ー はたまた言語化して話すのは苦手だけど思考をアートにして表現できる。

ー もしくは、とても記憶力がよく何でも覚えられる。

 

これらは人間に多く見られる特徴をもとに賢さを定義しているだけで、それは他の動物では人間より得意なことがたくさんあります。

 

その中でこれが賢さだと主観で恣意的に決め、そのものさしで何を殺して何を殺さないと決めるのはあまりに優勢主義的です。

 

故に、人間の価値は恣意的な指数で決まらないのと同じように、賢さと可愛さで殺して良い/殺してはダメという線引きもまた不条理な判断ではないでしょうか?

 

2. 人間は地球警察??? 地球は人間の博物館???

 

そんな中で出てくる疑問が、私達には動物の存続を守る義務があるのかということです。

 

思考実験を行いたいと思います。

 

A 人間が原因で鹿が大量発生し、食物連鎖にダメージを与えている場合何かしないといけないのだろうか?

B 天変地異で鹿が大量発生し、食物連鎖にダメージを与えている場合我々人間に、何かしないといけない大義は存在するのだろうか?

 

統治しているという概念と、共存しているという概念でだいぶ答えは変わってくると思います。

 

決してどちらが哲学的に正しいと断言することはとても難しいですね。

 

そのような中で、個人がこのような世の中を作っていきたいというイデオロギーのみが回答を出せるのではないかと思います。

 

C ライオンが鹿を食べています。止めた方がいいですか?

D 人間が鯨を食べています。止めた方がいいですか?

 

人間の話になれば個人のクオリティ オブ ライフに関して考えるのに、そのほかの動物の生活の質を考えないのはなんでかな?

 

動画でもあったように結局人道的な殺戮が不可能な以上、どんな動物を食べることが暴力的であると我々は認識しないといけないのかもしれません。

 

その中で個人が動物も含め出来るだけ選択肢の多い社会を目指すことができれば我々地球種は、少しは幸せになれるのかもしれないですね。

 

3. 感想

 

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とてもセンシティブなトピックではあるとは思いますが、皆さんはどう思われますか?

 

アル・ジャジーラでは、わりかし捕鯨に否定的な報道だったと思います。

 

ちなみに動画でもありました経済的側って理論上なんなんでしょうね。

 

学術的知見から果たして経済圏と文化圏の違いを明確に定義できるのかはとても懐疑的だと思います。

 

少しでもみんな(動物も含め)が幸せになれたらいいなと思います。

 

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