Global Gender ジャーナル

僕は、フランスフェミニズム哲学専門としています。 世界中のジェンダー、人種、政治問題をお届けいたします。

男性の私が思う - フェミニズムを支持するべき3の理由 -

皆様ご無沙汰しております。

 

私は最近日本でフェミニズムがとても嫌われていることを耳にしました。

とても残念に思ったので、今回は男性の皆様(性別に限らず全ての人が)フェミニズムを支持するべき理由(信仰の自由がありますのでこの記事では ”フェミニズムを支持するとこんないいことがあるよ!” )という実際の人々の心の側面からフランクにお話ししていければと思います。

 

Keywords: フェミニズムとは何か?、男性もまた家父長社会の被害者

 

TOC

・簡単に自己紹介/フェミニズムとは?

・1:弱さを人に見せられる

・2:好きなものを好きでいれる

・3:嫉妬心がなくなる

・一回嫌な出来事をジェンダーの観点から見てみてはいかがでしょうか?

 

1)簡単に自己紹介/フェミニズムとは?

 

まずはじめに、私の事に関して少しお話しさせていただこうかと思います。(とばしていただいても構いません)

私は日本国籍を有する男性です。中高ではインターナショナルのクラスで勉強20才よりフランスにいます。(大学院では修士課程でフランスのフェミニズムに関して研究していました。)現在は博士課程に向け準備をしております。

なので日本のフェミニズムには精通しているわけではありませんが、今回は日本での反フェミニズム感情を知りとても悲しくなったので、この記事を皆様にシェアできればなとの思いで今書いております。

 

さて、まず最初にフェミニズムとは何か?を定義したいとお思います。

 

dictionary.cambridge.org

 

ケンブリッジの辞典によると、女性が男性と対等な扱いを受けるべきとの信念、またその信念に向けた活動と記されています。

 

この信念を元に多くのフェミニストは様々なセオリーを構築しています。したがって物によってはあまり良いとは言えない(私は個人的には好きとは言えない)フェミニスト理念が存在するのもまた事実です。

 

これを例えると、仏教の教えがあり、またその細分化した枝の部分には迫害を繰り広げているグループが世界にはいます。つまり、世の中の多くのフェミニストは(私も含め)時に間違いを犯すこともあります。化学とも同じで100年後に現在信じられている理論がひっくり返ることなど不思議ではないのです。

大切なことは、人に考えを押し付けるのではなく、相手がなんでこんなことを言っているのかと耳を傾けることではないでしょうか。

 

それでは、この ”女性が男性と対等な扱いを受けるべきとの信念、またその信念に向けた活動” を基にフェミニズムをサポートするべき理由を3つ見ていきましょう。

 

ディスクレーマー:私は男性であり100%女性の感覚を理解できるわけではありません。とても大事なことは、そんな私(男性だからこそ)提供できる強みを今回は綴たいと思います。またこれらのポイントを実現するためにフェミニズムが必須と言っているわけではなく、フェミニズムはこれらを実現する数多くの中からの1つのアプローチだと私は思っています。

 

1:弱さを人に見せられる

 

私たちは生まれてから多くの当たり前を内面化し、人間社会に適合させられています。男性は社会的に強くあるべき。女性は優しくあるべきなど。したがって強くない男性はコンプレックスを感じている人はとても多いのではないでしょうか?(身長を気にしたり、学歴を気にする人は、感想ではありますが、男性の方が多いのではないでしょうか。)

 

これから言えることは、”男性もまた家父長社会の被害者” なんだとしっかり認識する必要があります。(もちろん女性に比べればケースは酷くない場合が多くはありますが、、)

 

そんな社会の不思議な当たり前も、取っ払うことができれば社会の様々なしがらみから脱却することができ、精神的にも楽になるのではないでしょうか。

 

2:好きなものを好きでいれる

 

社会の当たり前の形成には、生産性が大きく寄与しています。つまりは、みんながお金になると思う趣味は良いとされ、お金にならない趣味は、そんなことして何になるのと言われます。

 

フェミニズムはそのような社会の当たり前から脱却することを可能とする(この当たり前って本当に当たり前なのか?と吟味する)1つの方法です。

 

全ての趣味が等しく虚無で、また等しく価値のあるもの。そのような社会的内面化から脱却できれば男性、女性に限らず好きなことをすることに抵抗感が少なくなる人も多いのではないでしょうか。

 

*ちなみに私は毎日深夜、Nintendo Switchや、ゲーミングPCで毎日何時間も遊んでいます。

 

3:嫉妬心がなくなる

 

当たり前に疑問の目をむけ、全ての人が対等に美しいとするフェミニズムはまた、職業や社会的ステータスも虚無なものと認識することを可能とします。

 

周りの人間が年収100円であろうが5億円であろうが全くもって対等な人間だと認識できれば嫉妬心など一切吹き飛ぶのではないでしょうか。

 

一回、嫌な出来事をジェンダーの観点から見てみてはいかがでしょうか?

 

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この社会をいきていると絶対嫌なことと出会うことがありますよね。多くの場合、ジェンダーロールを内面化していることからくる嫌悪感からくるストレスもこの社会には多く存在しています。

 

男性だと、年収、学歴、etc…

女性だと、容姿、年齢、etc...

これらのどーでもいい社会的観点から多くの人間が脱却した場合、あたなはこれらのしょーもない側面からのマウンティングを取られることもとても少なくなるのではないでしょうか?




あなたは人種差別者でしょうか?

TOC

1- そもそも人種とはなんなのか

2- 当たり前を振り返る

3- あなたは人種差別主義でしょうか?

4- これからの人種に対しての向き合い方

 

Keywords: 人種は存在しない、可愛いに隠れる人種差別、Anti-racist

 

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みなさま、ご無沙汰しております。

 

私はエピデミックの中心でもある(でもあった)パリでものすごくバタバタした2020年を過ごしておりました。

 

さてあなたは人種差別に関してどう思われますか? 

今回はアメリカで起こった警察官による黒人差別にを踏まえて人種差別に関して考察したいと思います

 

1- そもそも人種とはなんなのか

 

まず人種問題を語る上で一番はじめに定義しないといけないものは人種では無いでしょうか。社会学的観点から言いますと人種は社会的グループであり、がゆえに人種という生物的グループは存在しません。アメリ社会学アソシエーション参照)

 

www.asanet.org

 

(余談)

また、生物学には詳しくありませんが、ナショナルジオグラフックによると人間ゲノムには人種はトラック出来ないそうです。以下リンク参照

 

www.nationalgeographic.com

 

2- 当たり前を振り返る

 

さて社会学的観点の話に戻しますが、これらより多くの人が当たり前に思っていることはメディアにより作られたイメージであり、それらを内面化した本人たちもまたそれらのイメージを疑うこともなく体現しているのです。

 

これはどういうことか、例を用いて話させていただこうかと思います。

 

みなさまはアメリカでアジア人の自殺率の高さをご存知でしょうか?以下リンク参照

https://www.apa.org/pi/oema/resources/ethnicity-health/asian-american/suicide

 

もちろん人生のなかで死の選択に至るまで様々な要因はあるため、ある1つの事例を一般化し、それが絶対的理由だと限定することは不可能です。しかし、1つの要因として米国アジアコミュニティーのなかで、成功しないといけないプレッシャーが1つの要因と取り上げられることがあります(ドクターなどの理系職業が多い)。

 

この米国におけるアジア人は理数系に強いというステレオタイプがこのような負の連鎖を作り上げています。

 

と同時に黒人がスポーツに強いというのも幻想であり、このようなステレオタイプは多くの黒人を一握りしか成功できないスポーツの分野に押し込める構造を構築しております。

よく日本のメディアでは”アフリカの身体能力”などというステレオタイプ丸出しの表現を耳にしますが。。

つまりは、社会のグループを取り上げて人々が当たり前と思っていることの暴力性を理解する必要があります。

 

p.s. 予想できうる ”でも黒人の人って足早いよね” などの考えに一応のリプライとしますと、何千年何万年の歴史を歩んできたなかで地形や気候等に対応した結果の現在2020年の平均を取り上げて、それがさも今後何万年も続く普遍的事実と限定することはできず、また気候や地形も ”社会の一側面” ということを再認識する必要があるのでは無いでしょうか。

 

3- あなたは人種差別主義でしょうか?

 

さてここまできてやっと自身が人種差別の側面を持っているか、向き合えるのでは無いかと思います。

 

私は世の中の95%(もちろん私も含め)の人は差別主義者でなくとも人種差別的観点を持っていると思っています。

 

読んでいらっしゃる方も、自分はそうじゃ無い。と思われる方も多いかもしれませんが。

 

では考察していきたいと思いますが。綺麗な女性/男性/人間 を思い浮かべてくださいと言ったときどのような人が頭に浮かんだでしょうか?

 

そのイメージはきっと社会で割とまかり通っている綺麗な像とそう遠くも無いのでは無いでしょうか?

 

言葉を裏返すとそのイメージは欧米列強の植民地主義負の遺産、もしくは社会でのより変では無いの究極のプロポーションかもしれません。その状態を私は必ずしも悪いと明言するつもりもありませんが。

 

したがってこれは対外的に他人に排外主義的言葉を浴びせずとも、普段何気なく”可愛い!”と思わさせられている際に人種差別的文脈が隠されているのです。 

 

ではどのようにして人種に向き合えばいいのでしょうか?

 

4- これからの人種に対しての向き合い方

 

つまりは ”Anti-racist” と  “I am not racist” とは全く違うものであるとの認識が必要となります。ドナルド・トランプも自身はレイシストでは無いと述べています。 (彼が差別主義者かどうかは置いておいて、今まで自身に全く差別認識がないと思う方も多いと思います。)

したがって普段私たちが普段認識している1つ1つを紐解き、じゅぶん自身もまた社会に対して脆弱であることを認識して初めて ”Anti-racist” となれるのでは無いでしょうか?

 

 

アメリカにおける女性トップレス

アメリカにおける

女性トップレスへの視線の分析

 

皆様、ご無沙汰しております。

今日はBBCニュースからトップレスに関して少し分析していきたいと思います。

 

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-50592811

 

1)要約

 

2019年9月にアメリカで、ある女性が公共の場でトップレスになった件に関して罰金を命じられました。

 

自身の庭でフリスビーをプレイしていた彼女は、暑かったため上半身を脱いでいた所、近所からのクレームで自宅まで警察がくる事態となります。

その際同席していたパートナー(男性)も上半身裸ではありましたがお咎めはありませんでした。

 

皆様はこの件に関してどう思われますか?

上半身を露出したこの女性が悪いと思われますか?

それとも男性と女性で対応差があることをアンフェアだと思いますか?

 

Amy erbel教授はこの件に関して、旧約聖書よりアダムとイブの描写から性差異は始まっていると述べています。

 

私はこの件についてジェンダーにおける家父長制度の視点から見ていきたいと思います。

 

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2)本当に必要なことは ”男女同じことをする” でなく家父長制の撤廃である

 

率直な感想としては、大衆の議論が重層的でみんなの論点がバラバラになりやすい議論だ。と思いました。

 

社会学的に他者(女性等を)を性的描写で物のように扱うことは、特定の社会的枠組みの文脈も同時に考察しないといけません。

 

少し話はそれますが、、、

 

どういうことかというと ”白人女性” の性的描写と他人種では、本質的に意味合いが大きく変わるということです。家父長的パワーバランスを示す ”どれほど女性や富を保持しているか” とのマインドセットは同時に有色人種のメディア描写の歴史を見ても顕著です。

 

ハリウッドでは、 ”男性的に優れた” 白人男性が他人種の女性を自分の”物”にすること(多々、性的関係を持つことがその意味合いを持つ)が動物としての優越性を示す指数となります。

 

話を戻すと、

 

それと同じロジックは同人種間でももちろんおきます。

 

つまりは白人男性が女性を制することが彼らのマスキュリ二ティの指数となるのです。

 

故に指数(ジェンダーポイントとでも呼びましょうか)を増やすための活動自体がが排他的かつ暴力的なのです。

 

もっと言えば、ジェンダーポイントを稼ぐ目的でなければ、真の意味で男女同じである必要はありません。また、それは多人種間でも同じことが言えます。ただ、これまで人類が歩んできた”男女の差異”や ”人種間の差異” にはリスペクトなどありませんでした。

 

なので、女性専用車両は女性グループが必ずしも男性グループを下種と定義付けて行なっているわけでない以上、 ”男女平等” が ”全て同じであると正義” とは似ているようで違うものだとわかるのではないでしょうか。

 

それゆえ、その”社会的パワーバランス”の差異を是正する必要性は正当性を持つのではないでしょうか?

 

3)じゃあ何がジェンダー的、正義的正解か?

 

上でも述べたとおり、実践的差異はそれほど重要ではないと私は思います。

 

もう少し具体的に述べれば、もし女性が性描写的扱いを受けない社会であったならば、もっとも、男性と同じでなければならないという意味合いは薄れます。(その理想的社会では、多くの男性が女性の胸に全くの性的感覚を覚えず、まるで肘を見るのと同じ感覚を覚えるでしょう)

 

しかしながら、そんな程遠い社会を前提にポリシーメーキングをしたところで現実との乖離は凄まじく、解決には繋がらないと思います。

 

故に女性のトップレスを認める社会というのは、そのプロセスがみんなのマインドセットを是正するかは不確かですが、家父長的シンボルを攻撃するいちアップローチとしては面白いのではないでしょうか。


皆様はどのように感じましたか?



グローカライズと正義

ローカライズと正義

 

ご無沙汰しております。

 

パリでは冬も寒く、デモでとても騒がしくなってきました。

そんな中で面白いなと思ったニュースを日本の方にもシェアさせて頂こうかと思います。

 

The Rise of Skywalker: Disney cuts Star Wars same-sex kiss in Singapore https://www.bbc.co.uk/news/world-asia-50899836

 

注意: スターウォーズのネタバレをふくみます。

 

私はスターウォーズのこの作品をまだ見ていないのではありますが、そんな中とても面白いニュースがBBCでありました。

 

その内容は同性同士のキスシーンがシンガポールで放映されたバージョンでカットされいてるとの内容でした。

 

そこで議論が出来る点は以下ではないでしょうか?

 

  • 普遍的正義
  • 他文化への敬意

 

皆様は考えたことがあるでしょうか?

この二つが交わらない2つの要因であることを。

 

もう少しくだいてみると、以下のような例で考えることができます。

 

  • サウジアラビアの女性蔑視への講義 (普遍的正義)
  • スカーフを現地の規範として考え、そこの土地柄に合った平等を模索する(他文化への敬意)

 

この場合皆様はどのように考えますか?

シンガポールの例に戻して考えてみるとどうでしょうか?

 

果たしてシンガポールの市民権を有しない事が我々が抗議を行うべきではないとの正当性を持つのでしょうか?

 

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(感想)

 

これらの問題は、日本も他人事ではありません。

 

今後更に他文化との交わりが予想されます。

 

もし外国籍の人間が日本独特の考え方に意義を唱えた場合、皆様はどう感じられるでしょうか?

 

果たして外で生まれた人間は表現の自由があるのでしょうか?

 

2020年もどのような年になるかとても楽しみです。






なぜ日本はそんなに綺麗なのか -BBC-

今回はBBCでとりあげられた日本の綺麗さの記事に関して考察及びクリティカルな論点を見て行きたいと思います。

 

http://www.bbc.com/travel/story/20191006-what-japan-can-teach-us-about-cleanliness

 

記事のポイント

ー日本に着いて気づく綺麗さ

ーなぜそんなに綺麗なのか?

ー教育システム

ー仏教・神道

 

ものすごくべた褒めな記事でした。

 

多くの人間が、絶賛しているのであえて私はその負の側面にライトを当てたいと思います。

私は本職は研究なので、この記事をあえて批判することでよりグローバルイシューを紐解いていきたいと思います。

 

まずここで述べたいのは、日本は間違いなく世界でも一二を争うほどの綺麗さではあると思います。特に今私の住んでいるパリとは比べ物にならないほど規律が取れています。

 

そんなものは誰もが承知のことで、ここから何が見え隠れするのかを学びの糧とできるのではないでしょうか?

 

1)綺麗さがすべてなのか?

2)混沌から生まれるモザイク

3)多文化主義集団主義はまじあえるのか?



ー1ー 綺麗さがすべてなのか?

 

みなさまは、綺麗であることが正義だとお考えでしょうか?

 

もちろん綺麗な方が気持ちいいのは確かですね。

 

ただ、その裏で見え隠れする集団主義の持つ暴力性を考慮する必要はあるのではないでしょうか?

 

もしこれらの綺麗さが教育を元とする非思考的アプローチとすれば、個人はつまりは汚す寛容さを暴力的に排除されていることになります。

 

秩序を見出すものを汚れと認識する流れは、日本の教育が個人の創造に大きな悪影響を与えています。

 

”綺麗に街を保ちたい”

”ゴミを捨てれば周りの目が。。。”

 

は二つの質的に異なるアプローチです。

それは他文化への寛容さへとも大きく関わります。

 

少しくらい汚くても個人がその人らしくいれるのであればいいじゃない。。。

いいや、パブリックスペースをよごす個人は徹底排除する!

 

タトゥー問題、学校での毛染め問題、国歌の押し付け問題。

 

私は、これからの日本が行く道の選択だと考えています。

 

ーグローバルスタンダードを理解し、世界へと対等に渡り合う力をつけるか

ー変化を嫌い、国を閉鎖し、戦前のメンタリティー固執するか。

 

別に、街を汚せと行っているわけではありません。

この世界とは一線を画す綺麗さという秩序とこれから待ち受けるグローバル時代のちょうど良いバランスを今から考える必要があるわけです。

 

そういった地球市民論的な観点をごみ問題から考えても面白いのではないでしょうか。

 

ー2ー混沌から生まれるモザイク

 

私は、京都で生まれました。

 

京都は素晴らしい街です。

 

世界で一番美しい街だと思っています。(私の主観です)

 

なぜ京都が美しいと思うかというと、京都はモザイクのような絵画だからです。

 

モザイクとは、小さな点を排除せず、様々な文化圏が京都という素晴らしい街を構成します。

 

ー学生文化の研究に適した、また学術的に流動的で

ー商業的で排他的な美しさも持ち

ーアーティスト文化も素晴らしく

ー歴史を持った

 

絵画なのです。

 

京都は明治維新から常に新しいものを欲してきました。

 

都電を開通させ、疏水を建設し、現在ではコーヒー激戦区でもあります。

 

つまりは、日本の ”同調抑圧” も京都に習って多文化主義との折り合いを付けれるのではないかと考察しています。

 

ー3ー多文化主義集団主義はまじあえるのか?

 

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一つの選択の普遍化は、同時にその他への否定でもあります。

 

つまりは、現地文化を尊重しつつその上で多様性を受け入れるコスモポリタン的なメンタリティーが必要とされます。

 

ここでとても大事なのは、現段階でも ”多文化主義” の理想的な具体例が見られないことにあります。

 

それは、現ヨーロッパを見ると日本が移民政策に慎重なのも理解ができます。

イギリスは、EUから脱退しヨーロッパ各地で極右政党が票を集め始めています。

 

多文化主義というイデオロギーをうまく体系化し、国歌的枠組みに導入することの失敗はこれからもなお、人間が未来に争いを続けるということを意味します。

 

つまりは、日本というある側面ではグローバリゼーションへの理解に遅れを取っている国が、うまく調和への枠組みを導入することで日本の繁栄に止まらず、世界のモデルになりうるわけです。

 

ここまで、発達した集団主義的側面を持った先進国の日本が精神的かつ哲学的に想像力を養うかが今後の未来を大きく左右するのではないかと思います。

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大坂なおみ選手への人種差別がイギリスで取り上げられていました

みなさまいかがお過ごしでしょうか?

 

今日は、少しショッキングなトピックを目にしたので少しシェアさせていただければと思います。 

 

日本でもしかしたら話題になっているかもしれませんが、今回はBBCで取り上げられた人種差別に関して考えればと思います。

 

1)人種差別とは?

2)無知は差別の肯定にはならない

3)CM

 

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今、フランスでは黒人のメディア露出に関して話されることが多いです。

そんな中、テニスプレーヤーの大坂なおみさんに対しての人種差別があったとイギリスのメディアBBCで取り上げられていました。

 

リンク:

https://www.bbc.com/sport/tennis/49823518

 

あまりに程度が低いので馬鹿馬鹿しいですが、残念ながら日本が人権後進国(もちろん全ての方がそうではありませんが)という側面を見え隠れさせたように思います。

 

1)人種差別

 

ここで考えなけらばならないのが人種差別とはなんですか?という設問かもしれません。

 

以下オクスフォード引用:

https://www.oxfordreference.com/view/10.1093/oi/authority.20111012125231893

 

つまり、

 

一つの恣意的なグループ(恣意的な社会的枠組み)が

その他の恣意的なグループ(人種の定義は社会学的に恣意的であるため)に

想像力を持たずに(持とうとせず)

断定的に定義する(明言する)。(Interpretation arbitrary)

 

 

ざっくり言えば、AがBに無知なくせに想像もせずに明言することをさしています。

 

例えば、男の人が女ってXXXだよね。。。みたいな軽率な発言も構造的人種差別なのです。

 

2)無知

 

では今回の日本のお笑い芸人のケースに当てはめればどうでしょうか。

 

①お笑い芸人は :アジア人が

②対象 :大坂なおみ選手 (ミックス)を

③ミックスバックグラウンドの人たちのこれまで生きてきた経験を全く想像せず

④漂白が必要と明言

 

3)ではこれは冗談?なのでしょうか/悪気がないで済むのでしょうか?

 

僕は小さい頃にオーストラリアに住んでいたことがあります。

 

当時の友達は悪気もなくアジア人ってなんでそんなに目が小さいの?とか様々な冗談を悪気なく言います。

 

ではここで悪気がないから許されるべきなのでしょうか?

 

私はそう思いません。

 

悪気がないので許されるのであれば、18世紀の奴隷貿易も当時のヨーロッパ的大義のもと肯定されてしまいます。

 

今回は日本の方に、世界で話題になった人種差別のCMをシェアさせていただければと思います。

 


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世界の子供搾取

ご無沙汰しております。

 

今日は、世界での子供搾取に関して取り上げたいともいます。

 

www.aljazeera.com

 

1)アメリカの児童搾取

2)ミャンマーの児童搾取

3)世界ではどうだろうか?

4)まとめ

 

2019年世界労働機関が設立されて、100年になります。発足以降様々なイニシアティブから悪労働と向き合ってきました。

 

現在世界では約1億5000万人ほどの子供がなんらかの形で児童労働に関与しています。

 

1)アメリカの児童搾取

 

アメリカでは対チャイルドレイバー法が世界的に見てももとても強いものとなっており、さまざまな危険労働から子供を守っています。

 

しかし農業は特別枠となり、なんと両親の合意のもと12歳から子供の労働が認められています。

そして様々な違法労働も行われています。

 

実際に正確な数字は把握されてはおりませんが、潜りで行われたリポートによると20万人もの子供が農業で働いていると言われています。

 

そしてそれらは社会的弱者(移民などの家系)に集中しており、今も構造的暴力を形成しています。

 

2)ミャンマーの児童搾取

 

アジアに目を向けてみるとミャンマーでも児童搾取は問題になっております。経済成長の著しいヤンゴンとは対照的に貧困地区では約85%もの人々が社会的/文化的に最低ラインの生活を送るために借金をしている現状があります。

 

そんな中借金返済で家計の苦しい家庭では、子供も労働力として使われてしまい学校にもいかなくなる子供もいます。

 

現在ミャンマーでは約130万人もの子供がゴミ拾い等の仕事をしています。

 

3)世界ではどうだろうか?

 

現在世界では最低でも840万人もの子供が奴隷として搾取されているといわれています。

 

この中のでも200万人は、無理やり売春をさせられていて、500万人は強制労働をさせられています。

 

そして単に親に働かせられているケースもありますが、人身売買によって売り買いされた子供も多くいます。

 

ハイチでは”restaveks” (フランス語で”一緒にいる” との意味)と呼ばれる子供たちが裕福な親戚に売られたりしています

 

バングラデシュでは、文化的に若いうちから働かせるとまっすぐ育つという通念も悪く働き、多くの子供が危険なコンディションで働かされています。

 

4)まとめ

 

f:id:Hiro129:20190829123119j:plain

 

これらの事例から我々は、何を学べることができ何を出来るのか考える必要があるのかもしれないです。

私は、これらのマインドセットは必ずしも貧困国だけの問題でなく先進国もまた向かう必要があるのではないかと思います。

 

いつの日か人は、大人になって自分に子供を授かれば偉くなったような錯覚を覚えます。(実際何も変わらないのに)

 

そして子供に対して”教えてやる”とのスタンスで子供と向きあう家庭もとても多いのが現状です。

 

子供も人格を持った立派な人間んで教えるのではなく共に学ぶという認識を持たなければ、しつけという大義で暴力をふるう人間も出てきます。

 

人間は、歳を重ねても偉くはならずまた、老害といって相手を排除するのもまた人権侵害です。

人間の間で相互理解を常に気をかけ子供と向き合う必要があるのではないかと思います。

 

皆様は世界労働機関設立から100年、現代を生きる子供たちを見て何を思いますか?

 

 

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