Global Gender ジャーナル

僕は、フランスフェミニズム哲学専門としています。 世界中のジェンダー、人種、政治問題をお届けいたします。

アメリカにおける女性トップレス

アメリカにおける

女性トップレスへの視線の分析

 

皆様、ご無沙汰しております。

今日はBBCニュースからトップレスに関して少し分析していきたいと思います。

 

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-50592811

 

1)要約

 

2019年9月にアメリカで、ある女性が公共の場でトップレスになった件に関して罰金を命じられました。

 

自身の庭でフリスビーをプレイしていた彼女は、暑かったため上半身を脱いでいた所、近所からのクレームで自宅まで警察がくる事態となります。

その際同席していたパートナー(男性)も上半身裸ではありましたがお咎めはありませんでした。

 

皆様はこの件に関してどう思われますか?

上半身を露出したこの女性が悪いと思われますか?

それとも男性と女性で対応差があることをアンフェアだと思いますか?

 

Amy erbel教授はこの件に関して、旧約聖書よりアダムとイブの描写から性差異は始まっていると述べています。

 

私はこの件についてジェンダーにおける家父長制度の視点から見ていきたいと思います。

 

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2)本当に必要なことは ”男女同じことをする” でなく家父長制の撤廃である

 

率直な感想としては、大衆の議論が重層的でみんなの論点がバラバラになりやすい議論だ。と思いました。

 

社会学的に他者(女性等を)を性的描写で物のように扱うことは、特定の社会的枠組みの文脈も同時に考察しないといけません。

 

少し話はそれますが、、、

 

どういうことかというと ”白人女性” の性的描写と他人種では、本質的に意味合いが大きく変わるということです。家父長的パワーバランスを示す ”どれほど女性や富を保持しているか” とのマインドセットは同時に有色人種のメディア描写の歴史を見ても顕著です。

 

ハリウッドでは、 ”男性的に優れた” 白人男性が他人種の女性を自分の”物”にすること(多々、性的関係を持つことがその意味合いを持つ)が動物としての優越性を示す指数となります。

 

話を戻すと、

 

それと同じロジックは同人種間でももちろんおきます。

 

つまりは白人男性が女性を制することが彼らのマスキュリ二ティの指数となるのです。

 

故に指数(ジェンダーポイントとでも呼びましょうか)を増やすための活動自体がが排他的かつ暴力的なのです。

 

もっと言えば、ジェンダーポイントを稼ぐ目的でなければ、真の意味で男女同じである必要はありません。また、それは多人種間でも同じことが言えます。ただ、これまで人類が歩んできた”男女の差異”や ”人種間の差異” にはリスペクトなどありませんでした。

 

なので、女性専用車両は女性グループが必ずしも男性グループを下種と定義付けて行なっているわけでない以上、 ”男女平等” が ”全て同じであると正義” とは似ているようで違うものだとわかるのではないでしょうか。

 

それゆえ、その”社会的パワーバランス”の差異を是正する必要性は正当性を持つのではないでしょうか?

 

3)じゃあ何がジェンダー的、正義的正解か?

 

上でも述べたとおり、実践的差異はそれほど重要ではないと私は思います。

 

もう少し具体的に述べれば、もし女性が性描写的扱いを受けない社会であったならば、もっとも、男性と同じでなければならないという意味合いは薄れます。(その理想的社会では、多くの男性が女性の胸に全くの性的感覚を覚えず、まるで肘を見るのと同じ感覚を覚えるでしょう)

 

しかしながら、そんな程遠い社会を前提にポリシーメーキングをしたところで現実との乖離は凄まじく、解決には繋がらないと思います。

 

故に女性のトップレスを認める社会というのは、そのプロセスがみんなのマインドセットを是正するかは不確かですが、家父長的シンボルを攻撃するいちアップローチとしては面白いのではないでしょうか。


皆様はどのように感じましたか?



グローカライズと正義

ローカライズと正義

 

ご無沙汰しております。

 

パリでは冬も寒く、デモでとても騒がしくなってきました。

そんな中で面白いなと思ったニュースを日本の方にもシェアさせて頂こうかと思います。

 

The Rise of Skywalker: Disney cuts Star Wars same-sex kiss in Singapore https://www.bbc.co.uk/news/world-asia-50899836

 

注意: スターウォーズのネタバレをふくみます。

 

私はスターウォーズのこの作品をまだ見ていないのではありますが、そんな中とても面白いニュースがBBCでありました。

 

その内容は同性同士のキスシーンがシンガポールで放映されたバージョンでカットされいてるとの内容でした。

 

そこで議論が出来る点は以下ではないでしょうか?

 

  • 普遍的正義
  • 他文化への敬意

 

皆様は考えたことがあるでしょうか?

この二つが交わらない2つの要因であることを。

 

もう少しくだいてみると、以下のような例で考えることができます。

 

  • サウジアラビアの女性蔑視への講義 (普遍的正義)
  • スカーフを現地の規範として考え、そこの土地柄に合った平等を模索する(他文化への敬意)

 

この場合皆様はどのように考えますか?

シンガポールの例に戻して考えてみるとどうでしょうか?

 

果たしてシンガポールの市民権を有しない事が我々が抗議を行うべきではないとの正当性を持つのでしょうか?

 

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(感想)

 

これらの問題は、日本も他人事ではありません。

 

今後更に他文化との交わりが予想されます。

 

もし外国籍の人間が日本独特の考え方に意義を唱えた場合、皆様はどう感じられるでしょうか?

 

果たして外で生まれた人間は表現の自由があるのでしょうか?

 

2020年もどのような年になるかとても楽しみです。






なぜ日本はそんなに綺麗なのか -BBC-

今回はBBCでとりあげられた日本の綺麗さの記事に関して考察及びクリティカルな論点を見て行きたいと思います。

 

http://www.bbc.com/travel/story/20191006-what-japan-can-teach-us-about-cleanliness

 

記事のポイント

ー日本に着いて気づく綺麗さ

ーなぜそんなに綺麗なのか?

ー教育システム

ー仏教・神道

 

ものすごくべた褒めな記事でした。

 

多くの人間が、絶賛しているのであえて私はその負の側面にライトを当てたいと思います。

私は本職は研究なので、この記事をあえて批判することでよりグローバルイシューを紐解いていきたいと思います。

 

まずここで述べたいのは、日本は間違いなく世界でも一二を争うほどの綺麗さではあると思います。特に今私の住んでいるパリとは比べ物にならないほど規律が取れています。

 

そんなものは誰もが承知のことで、ここから何が見え隠れするのかを学びの糧とできるのではないでしょうか?

 

1)綺麗さがすべてなのか?

2)混沌から生まれるモザイク

3)多文化主義集団主義はまじあえるのか?



ー1ー 綺麗さがすべてなのか?

 

みなさまは、綺麗であることが正義だとお考えでしょうか?

 

もちろん綺麗な方が気持ちいいのは確かですね。

 

ただ、その裏で見え隠れする集団主義の持つ暴力性を考慮する必要はあるのではないでしょうか?

 

もしこれらの綺麗さが教育を元とする非思考的アプローチとすれば、個人はつまりは汚す寛容さを暴力的に排除されていることになります。

 

秩序を見出すものを汚れと認識する流れは、日本の教育が個人の創造に大きな悪影響を与えています。

 

”綺麗に街を保ちたい”

”ゴミを捨てれば周りの目が。。。”

 

は二つの質的に異なるアプローチです。

それは他文化への寛容さへとも大きく関わります。

 

少しくらい汚くても個人がその人らしくいれるのであればいいじゃない。。。

いいや、パブリックスペースをよごす個人は徹底排除する!

 

タトゥー問題、学校での毛染め問題、国歌の押し付け問題。

 

私は、これからの日本が行く道の選択だと考えています。

 

ーグローバルスタンダードを理解し、世界へと対等に渡り合う力をつけるか

ー変化を嫌い、国を閉鎖し、戦前のメンタリティー固執するか。

 

別に、街を汚せと行っているわけではありません。

この世界とは一線を画す綺麗さという秩序とこれから待ち受けるグローバル時代のちょうど良いバランスを今から考える必要があるわけです。

 

そういった地球市民論的な観点をごみ問題から考えても面白いのではないでしょうか。

 

ー2ー混沌から生まれるモザイク

 

私は、京都で生まれました。

 

京都は素晴らしい街です。

 

世界で一番美しい街だと思っています。(私の主観です)

 

なぜ京都が美しいと思うかというと、京都はモザイクのような絵画だからです。

 

モザイクとは、小さな点を排除せず、様々な文化圏が京都という素晴らしい街を構成します。

 

ー学生文化の研究に適した、また学術的に流動的で

ー商業的で排他的な美しさも持ち

ーアーティスト文化も素晴らしく

ー歴史を持った

 

絵画なのです。

 

京都は明治維新から常に新しいものを欲してきました。

 

都電を開通させ、疏水を建設し、現在ではコーヒー激戦区でもあります。

 

つまりは、日本の ”同調抑圧” も京都に習って多文化主義との折り合いを付けれるのではないかと考察しています。

 

ー3ー多文化主義集団主義はまじあえるのか?

 

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一つの選択の普遍化は、同時にその他への否定でもあります。

 

つまりは、現地文化を尊重しつつその上で多様性を受け入れるコスモポリタン的なメンタリティーが必要とされます。

 

ここでとても大事なのは、現段階でも ”多文化主義” の理想的な具体例が見られないことにあります。

 

それは、現ヨーロッパを見ると日本が移民政策に慎重なのも理解ができます。

イギリスは、EUから脱退しヨーロッパ各地で極右政党が票を集め始めています。

 

多文化主義というイデオロギーをうまく体系化し、国歌的枠組みに導入することの失敗はこれからもなお、人間が未来に争いを続けるということを意味します。

 

つまりは、日本というある側面ではグローバリゼーションへの理解に遅れを取っている国が、うまく調和への枠組みを導入することで日本の繁栄に止まらず、世界のモデルになりうるわけです。

 

ここまで、発達した集団主義的側面を持った先進国の日本が精神的かつ哲学的に想像力を養うかが今後の未来を大きく左右するのではないかと思います。

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大坂なおみ選手への人種差別がイギリスで取り上げられていました

みなさまいかがお過ごしでしょうか?

 

今日は、少しショッキングなトピックを目にしたので少しシェアさせていただければと思います。 

 

日本でもしかしたら話題になっているかもしれませんが、今回はBBCで取り上げられた人種差別に関して考えればと思います。

 

1)人種差別とは?

2)無知は差別の肯定にはならない

3)CM

 

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今、フランスでは黒人のメディア露出に関して話されることが多いです。

そんな中、テニスプレーヤーの大坂なおみさんに対しての人種差別があったとイギリスのメディアBBCで取り上げられていました。

 

リンク:

https://www.bbc.com/sport/tennis/49823518

 

あまりに程度が低いので馬鹿馬鹿しいですが、残念ながら日本が人権後進国(もちろん全ての方がそうではありませんが)という側面を見え隠れさせたように思います。

 

1)人種差別

 

ここで考えなけらばならないのが人種差別とはなんですか?という設問かもしれません。

 

以下オクスフォード引用:

https://www.oxfordreference.com/view/10.1093/oi/authority.20111012125231893

 

つまり、

 

一つの恣意的なグループ(恣意的な社会的枠組み)が

その他の恣意的なグループ(人種の定義は社会学的に恣意的であるため)に

想像力を持たずに(持とうとせず)

断定的に定義する(明言する)。(Interpretation arbitrary)

 

 

ざっくり言えば、AがBに無知なくせに想像もせずに明言することをさしています。

 

例えば、男の人が女ってXXXだよね。。。みたいな軽率な発言も構造的人種差別なのです。

 

2)無知

 

では今回の日本のお笑い芸人のケースに当てはめればどうでしょうか。

 

①お笑い芸人は :アジア人が

②対象 :大坂なおみ選手 (ミックス)を

③ミックスバックグラウンドの人たちのこれまで生きてきた経験を全く想像せず

④漂白が必要と明言

 

3)ではこれは冗談?なのでしょうか/悪気がないで済むのでしょうか?

 

僕は小さい頃にオーストラリアに住んでいたことがあります。

 

当時の友達は悪気もなくアジア人ってなんでそんなに目が小さいの?とか様々な冗談を悪気なく言います。

 

ではここで悪気がないから許されるべきなのでしょうか?

 

私はそう思いません。

 

悪気がないので許されるのであれば、18世紀の奴隷貿易も当時のヨーロッパ的大義のもと肯定されてしまいます。

 

今回は日本の方に、世界で話題になった人種差別のCMをシェアさせていただければと思います。

 


Racism in a Chinese laundry detergent advertisement

 

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世界の子供搾取

ご無沙汰しております。

 

今日は、世界での子供搾取に関して取り上げたいともいます。

 

www.aljazeera.com

 

1)アメリカの児童搾取

2)ミャンマーの児童搾取

3)世界ではどうだろうか?

4)まとめ

 

2019年世界労働機関が設立されて、100年になります。発足以降様々なイニシアティブから悪労働と向き合ってきました。

 

現在世界では約1億5000万人ほどの子供がなんらかの形で児童労働に関与しています。

 

1)アメリカの児童搾取

 

アメリカでは対チャイルドレイバー法が世界的に見てももとても強いものとなっており、さまざまな危険労働から子供を守っています。

 

しかし農業は特別枠となり、なんと両親の合意のもと12歳から子供の労働が認められています。

そして様々な違法労働も行われています。

 

実際に正確な数字は把握されてはおりませんが、潜りで行われたリポートによると20万人もの子供が農業で働いていると言われています。

 

そしてそれらは社会的弱者(移民などの家系)に集中しており、今も構造的暴力を形成しています。

 

2)ミャンマーの児童搾取

 

アジアに目を向けてみるとミャンマーでも児童搾取は問題になっております。経済成長の著しいヤンゴンとは対照的に貧困地区では約85%もの人々が社会的/文化的に最低ラインの生活を送るために借金をしている現状があります。

 

そんな中借金返済で家計の苦しい家庭では、子供も労働力として使われてしまい学校にもいかなくなる子供もいます。

 

現在ミャンマーでは約130万人もの子供がゴミ拾い等の仕事をしています。

 

3)世界ではどうだろうか?

 

現在世界では最低でも840万人もの子供が奴隷として搾取されているといわれています。

 

この中のでも200万人は、無理やり売春をさせられていて、500万人は強制労働をさせられています。

 

そして単に親に働かせられているケースもありますが、人身売買によって売り買いされた子供も多くいます。

 

ハイチでは”restaveks” (フランス語で”一緒にいる” との意味)と呼ばれる子供たちが裕福な親戚に売られたりしています

 

バングラデシュでは、文化的に若いうちから働かせるとまっすぐ育つという通念も悪く働き、多くの子供が危険なコンディションで働かされています。

 

4)まとめ

 

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これらの事例から我々は、何を学べることができ何を出来るのか考える必要があるのかもしれないです。

私は、これらのマインドセットは必ずしも貧困国だけの問題でなく先進国もまた向かう必要があるのではないかと思います。

 

いつの日か人は、大人になって自分に子供を授かれば偉くなったような錯覚を覚えます。(実際何も変わらないのに)

 

そして子供に対して”教えてやる”とのスタンスで子供と向きあう家庭もとても多いのが現状です。

 

子供も人格を持った立派な人間んで教えるのではなく共に学ぶという認識を持たなければ、しつけという大義で暴力をふるう人間も出てきます。

 

人間は、歳を重ねても偉くはならずまた、老害といって相手を排除するのもまた人権侵害です。

人間の間で相互理解を常に気をかけ子供と向き合う必要があるのではないかと思います。

 

皆様は世界労働機関設立から100年、現代を生きる子供たちを見て何を思いますか?

 

 

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海外メディアから見た日韓ホワイト国除外

日本:谷口智彦 https://www.academyhills.com/school/personal/av5bgp000002mne9.html

 

韓国: Se-Woong Koo https://www.aljazeera.com/profile/se-woong-koo.html

 

今回は、日韓の貿易問題が海外メディアでいかに放送されているかを紹介いたします。また、Al Jazeera 一社の報道は一般化されるものではありません。

 


What's behind renewed tensions between Japan and South Korea? | Inside Story

 

‐ 論点

1)徴用工と規制の相関関係

2)1965年の国交回復時に、支払われたコンペンセーションで問題は解決済みだというのが日本政府の認識だがそれについてどう思われますか?

3)ホワイト国除外に関してはどのような見解でしょうか?

4)韓国に、 韓国国内ではこれらの悪化から、日韓関係を改善するべきとの民意は高まっていますか?

5)なぜ外交的な交渉にオープンなのであれば、第三者介入の元の解決には慎重なのですか?

6)関係悪化およびホワイト国からの除外はどちらの国に大きく悪影響を与えますか?

7)韓国への制限は、同時に日本のマーケットを中国に奪われる要因になりかねませんか?

8)日本政府はどうなれば輸出制限を引き下げるようになりますか?

9)何を韓国政府は望んでいるのか?

10)感想




1)徴用工と規制の相関関係

 

谷口智

徴用工と今回のホワイト国除外の決断には関係がなく、北朝鮮への不当輸出ゆえの結果です。

 

(Se-Woong Koo)

徴用工と制裁に相関関係があるというのが韓国政府、また民衆の認識です。これらを踏まえて、二国間関係の悪化は必至です。

 

2)1965年の国交回復時に、支払われたコンペンセーションで問題は解決済みだというのが日本政府の認識だがそれについてどう思われますか?

 

(Se-Woong Koo)

二年前の政権交代で大きく認識に変化が起きました。

ムンジェンイン政権発足後、これまでの二国間条約での合意が正当なものであったのか、スクリーニングをすることが決まりました。

 

また2015年の慰安婦問題の不可逆的な解決もまた、見直す必要があるのではないかとの民意の元、竹島/独島問題にも切り込んでいくことになってきています。

 

3)ホワイト国除外に関してはどのような見解でしょうか?

 

谷口智

韓国はアジアの中で唯一のホワイト国の一員でした。また、EUは韓国をホワイト国としての認定はしていません。2004年の状況に戻るだけの話です。

 

輸出を禁止しているのではなく、プロセスが遅くなるだけの話です。

 

4)韓国に、 韓国国内ではこれらの悪化から、日韓関係を改善するべきとの民意は高まっていますか?

 

(Se-Woong Koo)

残念ながら韓国国内での反日感情が高まっている中、政府は簡単に安倍政権に対して譲歩をできない状況になっています。外交的交渉にはオープンな状況にあります。

 

5)なぜ外交的な交渉にオープンなのであれば、第三者介入の元の解決には慎重なのですか?

 

(Se-Woong Koo)

三者介入での解決は、外交的な敗北をもたらしかねないため、韓国国民は望んでいません。竹島/独特問題に関しても同じです。

 

6)関係悪化およびホワイト国からの除外はどちらの国に大きく悪影響を与えますか?

 

生産のサプライチェーンは、日本が独占していてそのような中で韓国に大きく悪影響がもたらされるのは必至です。

 

しかしながら、これも長引くようになれば、日本にいく観光客が減ったり、周辺国からのイメージダウンを起こしてしまい、日本のサービス産業にも悪影響はおきかねます。

 

7)韓国への制限は、同時に日本のマーケットを中国に奪われる要因になりかねませんか?

 

谷口智

制限後もし韓国企業がその他からサプライを探すのであれば、それは彼らの決めることであり、日本政府には関係ありません。日本政府は、輸入に関してのみのコントロールとなります。

 

8)日本政府はどうなれば輸出制限を引き下げるようになりますか?

 

谷口智

話し合いは、二国間の関係悪化を止める楔のようなものです。

しかしながら二国間の話し合いは理想とは遠く、うまく行っておりません。日本政府は話し合いにオープンで、次の一歩は韓国次第です。

 

(Se-Woong Koo)

日本に対し、植民地時代の支払いで負けてはいけないという民意がとても強く、韓国政府は後には引けない状況に追い込まれています。

また両国とも選挙を控えており、スケープゴートを作ることにお互いメリットがあるのです。

 

谷口智

78%の人々は輸出規制に前向きで、必ずしも政党支持者に向けてのパフォーマンスとは言い難いです。

 

また、韓国裁判所および政府は、二国間協定を無視して民意に従った判決を出しています。法的枠組みから見ても二国間関係を悪化させる原因となっています。

 

また広い枠組みから見ても、歴史的に韓国の人々は日本企業に法的に雇われていて、給料も得ていました。

 

戦前に足りていなかった分は、65年の国交回復時に韓国政府が払うとの最終決着がついており、韓国政府はその国家間の約束を守るべきであります。

 

9)何を韓国政府は望んでいるのか?

 

(Se-Woong Koo)

誠実な謝罪がやはり必要になってきます。日本政府はもうすでに決着がついているとのべますが、もう済んだのだから、というスタンスが韓国国民の感情を逆なでしてしまいます。

それは韓国だけにとどまらず、その他のアジア諸国にも同じことが言えます。

ドイツ政府のような誠実な対応が求められるのです。

 

10)感想

 

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私個人の感覚として、ニュートラルに報道されていたのではないかと思います。

 

両者ある種、イデオロギーのぶつけ合いのような場面もあり、政治ゲームというところがとても非生産的な議論になっていているように感じました。

 

残念なのは、両国の国民がヒートアップしすぎて収集つかない状況まで来てしまっていることかと思います。

植民地支配への賠償はフランスでも問題に上がることがあります。

アフリカコミュニティーの方々が、植民地時代の搾取を今清算されるべきだとの声もあります。

必要なことは、お互いの人々がグローバル市民として国家間枠組み以上で問題を認識し、非営利的また非イデオロギー的アプローチが必要なのではないかと思います。

 

哲学的な設問としては、国家的枠組みが個人にどこまで責任をかすのか?と考えることはできるのではないでしょうか?

 

- 例えば私は日本国籍を持っていますが、戦争の責任は現代の日本人に関係あるのか?

- 韓国籍を持っている方々は、戦争を経験していないが、被害者マインドを持つ必然性とは何なのか?

- もっと地球市民として問題に向き合うべきではないのだろうか? -自分の文化的枠組みに近いから、物事に向き合うのではなく、地球人としてこれまでの間違いを今後の啓蒙活動にいかに活かせるか?-

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SNS植民地支配-超監視社会における個人-

1植民地支配

2テクノロジーが本当に私たちの選択に影響を与えているのか

3まとめ 

 


Is Big Tech colonising the internet? | All Hail The Algorithm

 

ビデオのポイント

 

‐ 情報搾取のもたらす帝国主義

‐ 構造的支配第三世界で続いている

‐ 第三世界への情報搾取

‐ テクノロジーからの恩恵

 

1植民地支配

 

カタールメディアのアルジャジーラにて7月10日に投稿された動画です。

 

これらのロジックを語るうえでとても重要になってくるのが植民地支配とは何か?ということではないでしょうか。

 

ここでは、特定のグループが他のグループを金銭的及び文化的に搾取をする構造と定義して考えたいと思います。(様々な見解あり)

 

そういった構造的暴力がいかにして構築されているでしょうか。

 

情報アルゴリズムが、私たちの思考にどのような影響を与えるか皆さんは考えたことがありますか?

 

YouTubeに出てくるおすすめ動画、フェイスブック広告、ツイッター広告。。。。

 

私たちの生きるバーチャル世界では様々な情報であふれている。

 

それらの媒体は社会的規範に大きく影響を与える。

 

その規範を操作し、そこで資本の流れを構築すればとても大きな収益につながる。

 

もう少し具体的に言えば、どうでしょうか。

 

ライフスタイルの描写 → 理想的な規範の流布 → データからビッグデータをカテゴライズ → 理想的な生活の必要なスタイルを広告として出す → 収益につながる

 

これが国家レベルで差異を産めばどうでしょうか。

 

動画では、第三世界(特にアフリカ)では、個人情報の保護がまったく整備されていなく、搾取側の先進国は整備が行き届いていることからも、ポストコロニアリズム(戦後植民地支配)のような状況が続いている側面があると述べられています。

 

今でも国際的ブランドをマーケティングで確立しているフランスなんかがとてもいい例だと思います。

 

このような構造的な暴力が第二次大戦からずっと続いている現実を一度考え直す必要があるのかもしれないですね。

 

2テクノロジーが本当に私たちの選択に悪影響を与えているのか

 

ではテクノロジーの進化は悪なのでしょうか?

 

私は必ずしもそうだとは思いません。

 

なんせスタートアップでウェブマーケティングに近いところで仕事をしているので、むしろテクノロジーが大好きです。

 

私見解としては、人間自体が暴力的な可能性を秘めた生き物だと言うことです。

 

つまりは、どんなニュートラルな媒体も人間がかかわると暴力的になり得るということです。

 

したがって、このように高度に発展した媒体と向き合うには、使用者の批判的なマインドがとても大事になってくるということです。

 

・本当に自分自身がクールだと思っているのか?もしくは思わされているのか

・クールと思うことにより得をする資本家がいるのか?

・そんれらの洗脳を受け入れてもなお、個人の選択と思い続けることは可能なのか?

 

常にクリティカルに社会と向き合うことにより、その構造を理解し、個人の恣意的な判断をできる限り理論的な善に近づける努力をすることで少しは住みやすい社会を実現できるのかもしれません。

 

3まとめ

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このような批評で私が一番危惧するのは、テクノロジーがいかに暴力的ですぐにでも辞めなければいけないという100 vs 0 的な議論です。

 

そのような規制は今後もたらされるであろう様々な素晴らしい躍進の足かせになってしまいかねません。

 

私たちは人間自体がいかに暴力的だということを考察し、理論的かつ平等的なテクノロジーの進化を目指していけるのではないでしょうか。

 

対岸からの視点を想像することができればとてもうれしく思います。

 

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